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みんなに笑顔が戻るまで

一般社団法人「日本災害救助隊仙台」代表
阿部哲也さん


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東日本大震災発生後、政令都市・仙台市の沿岸部で津波被害に遭った現場に駆け付け、その地区の復旧にこだわり続けた当時10数人のボランティアたちがいた。同市宮城野区岡田地区に結集した彼ら彼女らは“岡田組”と呼ばれ、3・11当夜には出張先の神戸から仙台入りした阿部哲也さんは、その中心的存在だ。

 「ボラセンは現場に最も近い場所にあるべき」。岡田組は、仙台市社会福祉協議会(市社協)運営のボランティアセンター(ボラセン)に先駆け、現地(仙台市宮城野区岡田南在家110-6)に貸家3軒を借り上げ、宿泊所と事務所、倉庫機能を備え、自分たちの活動拠点を4月中旬に立ち上げた。5月1日には、「岡田サテライト」として仙台市津波災害ボラセンの支所となり、再び民間運営となる8月1日まで延べ10355人のボランティアを集め、被災地の前線基地として重要な役割を果たした。

 「僕を含め、ここではカリスマ的存在のボランティアは必要ないんです」と言う阿部さんは、これまで、阪神淡路大震災や中越地震、スマトラ地震など国内外の災害現場でボランティアをしてきた。数々の被災地で、そしてCMプロデューサーの本業で培ってきた経験や知識、人脈などを駆使し、陣頭指揮に当たってきた。

 8月1日から完全民間運営に移行した施設は、「津波復興支援センター」という名のボランティアセンター。NPOや法人、メディア関係の団体などで構成する一般社団法人「仙台災害復興支援協議会」が母体で、阿部さんが代表を務める「日本災害救助隊仙台」が幹事役。社協運営のボラセンが行ってきた民家の泥だし作業に加え、ボラセンでは行ってこなかった田畑の泥だしや床板はがし、草刈りや流木処理など、「被災者のニーズに可能な限り応える」作業を行い、仮設住宅の被災者ケアや地域づくり関連支援にも力を注いでいる。

 「僕らが望むのは、地域の人たちが望む形での地域の復興」と語る阿部さん。今後、協議会や運営スタッフに積極的に地元の人々が関わっていくように働き掛け、地元による地元の復興を目指していく、という。「ボランティアのウォンツ(要望)として、『被災地に笑顔を戻す』ってよく聞くけど、僕らは、戻すんじゃなくて、『戻るまで』やるつもりです」。7月4日には、東京から仙台に住所変更した阿部さん、53歳。既に、地元民である。


こんな応援を求めています

 日常的に使用する、ゴム手袋とか胴長、カマ、自転車などの作業道具は消耗品なのでいつでも求めています。それ以上に必要なのは、人材です。チェーンソーを扱える林業者、家の修繕ができる大工、建設現場で機能的に働ける建設関係者、仮設で働いていただく医療、教育関係者....。現職でなくとも専門知識がある方々で、ある程度の期間ボランティアできる人たちを特に望んでいます。現場では復旧作業と並行しながら復興支援づくりを徐々に進めています。僕らと一緒に、地域づくりに汗を流してみませんか。(阿部代表談)


取材・執筆者:河北新報社ネット事業部・相原研也


※お力をお貸し頂ける方はsbn@socioengine.co.jpまでご連絡下さい。
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