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「伝統の笹かま守る」

笹かま製造「ささ圭」社長 佐々木圭亮さん(59)、靖子さん(58)夫妻


ささ圭 佐々木圭亮、靖子夫妻

店頭に立つ「ささ圭」社長の佐々木圭亮さん、靖子さん夫妻。
「営業を再開したら、みなさんに『ありがとう』とおっしゃっていただいた。
でも、お礼を言いたいのは、むしろ私たち。『本当にありがとうございます』」



宮城県名取市閖上(ゆりあげ)の漁港近くにあった3つの工場を3月11日、東日本大震災による津波で失った。1966年に圭亮さんの父で会長の圭司さん(90)が創業した笹かまぼこ製造会社「ささ圭」。生産設備の全てと大切な従業員3人、そして自宅まで一度に失った傷心から、社長の圭亮さんは3月23日、残った従業員55人に解雇を告げた。

だが、再開への熱意が消え失せたわけではなかった。当時、安否不明だった従業員の手がかりを求めて訪ねた名取市役所で、「諦めるのはまだ早い」と諭された。石巻市で被災した同級生の経営者仲間に電話をすると、「俺は事業再開を目指すぞ」という力強い言葉を聞いた。少し冷静さを取り戻した圭亮さんは翌日、「解雇」の前言を撤回した。

決断は間違っていなかった。津波をかぶり、泥まみれになった笹かま作りの道具類をJR名取駅前の店舗前で洗っていると、道行く人から「いつ再開するの?」「楽しみにしているからね」と声を掛けられた。
さらに、震災後アクセスできずにいた会社のメールを開けてみると、「ご無事ですか?」「営業を再開したら注文します!」といった励ましが、山のように届いていた。
「うちのかまぼこを待っていてくれる人がいる」。そんな手ごたえが背中を押した。

7月1日、名取駅前の店舗に500万円かけて設けた小さな工房で、笹かま作りを再開した。すべて手作業となるのは、およそ半世紀ぶり。機械作業しか知らない従業員に、圭司さんと母のあつさん(84)夫妻が手本を示した。
業界で「擂潰(らいかい)」と呼ぶ魚のすり身を適量取り、笹型の型に乗せて叩く。成型が終わったら、次は焼き。真夏の暑さにガスコンロの熱風が加わる中、みな汗だくになって一本一本丁寧に焼き上げた。

震災前、ささ圭は1時間で6000枚、1日6万枚もの生産量を誇った。それが震災後は1日4000枚がやっと。それでも、「福興(ふっこう)手わざ笹蒲鉾(かまぼこ)」として店に並べると、伝統の味を待ちわびた客が次々買い求めていった。
とはいえ、万事順風というわけではない。残った従業員50人のうち、作業に携われるのは15人程度。他は休職扱いにせざるを得ない状態が続く。

現状の設備では、生産量を増やすにも限界がある。雇用を再開し、出荷も増やすためにはやはり新工場の建設が不可欠だが、億単位の投資となるだけにハードルは高い。

それでも圭亮さん、靖子さん夫妻は前を向く。

「お客さまからの励ましに、社員の頑張り、そして会長夫妻の支え・・・。そのどれかが欠けてもここまで来られなかった。大口のお客様から『待っているから』という温かい言葉もいただいている。11月にはお歳暮シーズンが始まる。一気には難しくても少しずつ、次のステップに進んでいきたい」と靖子さん。圭亮さんも「冬ぐらいまでには工場にめどをつけ、従業員を呼び寄せたい」と計画を練る。

この震災で単なる「水産加工食品」「お土産品」という存在を超え、「復興のシンボル」的な地位を得た笹かま。それを作る人たちの歩みも、一企業の再興という枠を超え、多くの人の期待を背負っている。

こんな応援を求めています!
何よりも商品を買っていただくことがありがたい。今出せるのは、福興手わざ笹蒲鉾と揚げかまの「福興遊里揚(ゆりあげ)」の2種。インターネット通販も再開した。事前に連絡をいただければ団体客の受け入れにも対応できるので、ご相談いただきたい。各地の各種イベントなどで、お売りいただくのもありがたい。全国各地から「地元の祭りに出店を」との声もいただくが、交通費を考えると難しい。販売を代行していただくのも支援となることを知ってほしい。
http://www.sasakei.co.jp/

取材・執筆者:河北新報社ネット事業部・大泉大介


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